人の世界を動かす歯車 試し読み

機械と魔族とそれから人間

 皇歴三〇五年冬。
 彼ははっと息を吐いた。古代遺跡群を中心に栄えていた街、『マキナアポム』の片隅にて。
「ここにもいたか……」
 目指すのは背面を見せている角ばった影。白と灰色で染められたようなそれには斬撃や殴打によるものと思われるひび割れや陥没が複数箇所見られる。それでもなおガタガタという音をたてながら動く機械仕掛けの巨体。これは現代人の作り出したものではない。古代人、そう呼ばれる古の存在が創り出した技術。その遺物が今、彼の目の前にある。とはいえ彼は感嘆する暇も、そして理由もなかった。彼はこの、仲間の血がこびりついた機体を処分しなければならないからだ。
 地を蹴る。右手を横に。そこに現れた一本の剣――いや、剣というよりはむしろ刃か――を引き絞る。彼の意志に応えるかのように空間が彼の背中を叩く。一本の槍と化した彼は音に迫る速度で機兵に迫った。切っ先が自然の反射ではありえない光を放つ。そして――

 古代遺跡として知られる、『マキナアポム遺跡群』。その語源と意味は分かっていない。解読済みのある古言語によって書かれた書物によれば、世界の歪みがその遺跡の最深部の封印によって抑えられているという。そして封印の力が弱まるにつれ世界には災厄が降り注ぐとも――
 今、世界は危機を迎えていた。魔獣、魔族の急激な増加、原因不明の災害、それに伴う社会情勢の悪化。皇帝と貴族院は遺跡群の攻略を解決策として取り入れた。かと言って相次ぐ魔獣討伐や魔族との戦闘で国力は確実に低下していた。国に直接援助する力はない。それ故、長きにわたって王宮に秘匿されていた技術を公開することによって民に力を与え、彼らの力をも借りる必要があった。そこで公開された技術は人々の生活を、社会の仕組みを一変させた。公開された技術の名前は「魔法」。それまで秘匿され続けていた貴族にのみ許されていた力。それによって人々は無から有を作り出せるようになった(実際には本物の無から何かを作るのではなく、彼らの生体エネルギー、通称「マナ」を消費して不自然な現象を引き起こす)。これらの技術が庶民に広がり、突出した才能を持つものが生まれ、魔法の能力によって人々はランク付けされた。そしてそのランクによって遺跡の侵入可能地域が制限され、高ランクが必要となる地域から得られる資材や素材は高値で取引され、あるいは魔術発動の補助具の材料となる。収入と、それから強さを求めて多くの者が遺跡の攻略に挑戦し――そして命を散らしていった。

「はい、マキナアポム統括管理事務局です」
「新規の冒険者登録を……」
 『マキナアポム統括事務局』。それは王国が唯一冒険者の活動に直接かかわっている場所。そこを訪れるものは大抵が魔術を使える者だった。なぜなら層状になっている遺跡の各層を通るためには冒険者組合によって作られた特殊な障壁によって区分けされており、魔術を基準としたランク以上でないと侵入できないようになっているからだ。というのも、そうでもしなければ無謀な挑戦をする冒険者の命を守ることができないからだ。
 ここを訪れるものはほとんどが魔術師。しかし例外もある。例えばこの――銀髪で碧眼の少女のように。魔術師のランクを示す書類を求める局員に対し、彼女は目をそらしながら一枚の紙を差し出した。
「ほう、『B級相当認定書』ですか。では、お手並みを拝見」
 局員の若い男はフッと笑う。簡単な手続きの後、少女の情報が冒険者として登録された。彼女が渡した紙は彼女が魔術師のランクにすればB級(ランクは上からS、A、B、C、Dと分けられる)の戦力を持つという証明書となっていた。
「ニコ・マシナさん、それでは良い冒険を」
 その声に頷くと、彼女は肩に槍を担いで振り向きざまに駆けだした。しかし――
「わっ」
「いってえ――っと、大丈夫か?」
 ――誰かにぶつかり、盛大に転んだ。担いでいた槍が転がる。彼女がぶつかったのは一人の青年。ぶつかられたことも気にせずに差し伸べられた手を掴んで立ち上がった後、青年に手を握られたままであることに気付き、彼女は顔を赤らめた。
「本当に申し訳ありません!! ……あの……?」
「いや、いい手をしていると思ってな。すまない。怪我はないか?」
「はい、ぶつかってしまって本当に申し訳ありませんでした!! 失礼します!!」
 槍を拾って今度こそ駆けだした彼女に、青年は再び声をかける。
「君の名前は?」
 返答はなかった。彼女の背中はすでに遠くにあり、どんどん小さくなっていく。青年の方は少女の方向に手を伸ばしたまま固まる。事務局員の男がニヤニヤと笑いながら丸めた紙を投げつけるまでのしばらくの間ではあったが、完全に茫然自失としていた。回復した青年はぶっきらぼうな声で局員に尋ねる。
「……なあスレイ、あの子の名前は?」
「ニコ・マシナだ、B級相当。機甲が何ちゃらって書いてたな」
「何ちゃらって……それでいいのか統括事務局」
「それを言うなら俺は今この瞬間にも情報を漏えいしてるんだけどな」
「違いない」
 ニヤリと笑いあって二人の男は拳を合わせる。金属のような硬い、しかし軽い音が響いた。
「で、S級目前の『聖槍』が何の用かね」
「深層への道を見つけた」
 それまでの緩い空気が一瞬にして凍ったような変化だった。スレイは低い声で本当か、と問い、青年もまた低い声で本当だ、と答えた。ところでハル、とスレイがまた低い声で尋ねる。何だ、と身構えた青年に対しスレイは告げた。
「どうした、あの子に惚れたのか」
「呑気すぎるだろお前」

改造された男
機械と魔族とそれから人間
ずっと離さない
/ナイトメア・プログラム
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