かくしゴト
綾瀬琉香
夢の中で、彼女は泣いていた。泉の上の眩しいものを見ながら泣いている。
流れる涙をぬぐうこともなく、何かを必死に叫んでいる。
「……」
手を伸ばしても、彼女には届かず、泣いている彼女を慰めることもできない。
なんで泣いているの? 全く、分からない。産まれてからずっと一緒にいても。
* * *
人の気配が近づき、どんっと前の椅子が揺れた。
「最近、刺激的なことがない。そう思わないか?」
君もそう思うだろう? と言いたげな目でもしているのだろう。見なくてもわかる。
「あ、そう」
文章に、目を向けたまま、返事をする。
生意気でわがままな隣人に付き合うつもりはない。それに、いま丁度、いいところなのだ。
「君はいつも冷たいなぁ」
残念そうな声を出しても、目は笑っているのだろう。
「しかし、楽しそうだ」
「そうか」
「そうだ。本を読んでいるときに限られてはいるがな」
ふふふと偉そうに隣人は笑う。自分は、常に無表情だと言われ、感情がないのではないかと言われているのに、隣人にはわかるらしい。
「して、一つ提案があるのだが」
細めた目で、隣人が見てくる。
目を合わさないように、より文章に集中して見せる。
「話ぐらい聞いてくれてもいいじゃないか」
話を聞いては、巻き込まれるに決まっている。話を全く聞かないふりをしていると、隣人は楽しそうに笑い出した。
「アははははっはっ」
いつものことなので気にしない。人間らしい一面があるとすぐに笑う。
「そうは思っていても、巻き込まれてくれるのだろう」
隣人の余裕な顔が気に食わない。しかし、事実となるだろう。
どうしたって、毎度隣人には巻き込まれる。何より、巻き込まれたことによる損が発生しないことの方が多いのだ。
「はぁ、わかった」
隣人は愛らしくにこりと笑う。
「話ぐらいは聞こう」
ああ。また、罠にはめられた。