「志」第一巻 試し読み

花火

 空気を割く鋭い音。閃光が飛び散る。さらに轟音が空間を震わす。人々はその光景をただ見ることしかできない。いや、その光景に心を奪われている、と言った方が適切か。
 そしてまた、轟音と共に空に一輪の花が咲く。
 夏祭りの会場。人々は昂揚に顔を赤らめ、屋台に挟まれた道は無秩序に動く彼らで埋め尽くされていた。焼きそば、リンゴ飴、イカ焼き、ヨーヨー釣り、金魚すくいといった定番の屋台からケバブ、タピオカジュース、ウナギ釣りといった珍しい出店もちらほらと見られる。熱気が全てを覆い尽くしていたが、それに顔を顰める者はいなかった。花火、屋台、そして浴衣。それらは夏の夜に彩りを添え、人々を愉しませ、夢中にさせる。
彼らには未来を視る術も、周囲をくまなく把握する能力もない。それ故、屋台に置かれた調理用のガスボンベに穴が開いたことに気づいた人間はほとんどいなかった。祭りの平和な雰囲気は、突然の爆発にかき消される。
 地上には、爆音と共に紅くそして緋い花が咲いた。
 彼は祭りの会場から少し離れた場所でその様子を見ていた。その身は震え、手から一枚の紙が落ちた。その紙には様々な文字が連なっていたが、先頭の最も大きな文字は「××新聞」と読める。たった一枚の紙切れ。それが地域を、あるいは世間を揺るがすことになろうとは、誰も予測していなかっただろう。
 地に落ちた紙切れに書かれている内容は、祭りの会場で起こっていることそのものであった。寧ろ新聞の内容が会場で再現されているかのような状況。ありふれたコピー用紙に印刷された文字列は、それからの天気も予想、あるいは予言していた。突然の水音。すなわち――雨と。

 祭りの会場で起きた大爆発。地域では有名な祭りであったため多くの人が集っており、死傷者は軽傷も含めて四十を数えた。現在会場は閉鎖されているが、焼け焦げた屋台や爆風で捲りあがったボンベの外殻、あるいは地面に癒着したプラスチックでできた団扇の骨。それら全てが事故の悲惨さを示していた。だがそれは事故ではなく事件であったと知られるまで、そう長い時間はかからなかった。それは会場周辺を嗅ぎまわっていたマスコミによる戦果だった。彼らは警察によって立ち入りを禁じられた場所からは離れたが、なんの情報も得ずに帰巣するような人種ではない。周辺を探索していたテレビ局の一行は爆発後の雨で濡れてしまったもののまだ文字が読める一枚の紙を見つけた。その先頭には「××新聞」と書かれていたがそのような新聞の発行を手掛ける業者を知る者はそのテレビ局にはいなかった。彼らは昼のワイドショーでその新聞記事を大々的に取り上げ、お抱えのコメンテーターを使って「付近の者による悪ふざけ」「何とも不謹慎」「精神を病んでいる」などと無責任な発言を繰り返す。
 自分たちが次の標的にされているとは知らずに――

仮面夫婦な高校生
赤い魚の住み家
希生と司と京都
九十九神の嫁入り
花火
その代償

inserted by FC2 system